今日のこと、明日のわたし

予備校を辞めることになった。

つまり、受験をやめることになった、というわけである。

 

ここ一年、いや、中学生の時にカウンセラーという仕事に出会ってから、ずっと夢だった大学院。

やろうと決めてからは長かったのに、やめることになってからは一瞬だった。

理由は、まぁアラサーにもなってみっともない話だけど、金銭的な理由ともう一つ、親が私を家から追い出すことにしたから、現実問題として無理になってしまった。

 

「お前、自分の立場わかってるの?」

「はっきり言って迷惑だから」

親のこの一言で、正直な話こころがぽっきりと折れてしまったのもある。

そんなわけで、残りの貯金を使って家を出ることになった。

幸い、パートとして働いている今の職場から「また正社員に戻って、ここで毎日働いてくれたらいいのに」「すぐには用意出来ないかもだけど、正社員の枠は必ず用意するから」と言ってもらえていて、なんとかなりそうだし。

仕方のないことだ。全部。

死に損なった私の末路である。不思議と悲しくない、というか、ぼんやりした気持ちだった。

 

最後に予備校の先生に挨拶だけすることにして、新宿に降り立った。1年間通い続けた道をぼんやりと歩きながら、なんて言うのが正解なのかなと考えた。

1番お世話になってた先生には恥ずかしくて会えなかった。顔向けできないな〜と思って、2番目にお世話になってた先生にだけ、ことの顛末を伝えることにした。馬鹿だなぁ見栄っ張りだなぁと思ったけど、仕方ない。

 

「家の都合で、受験、やめることにしました」

「話聴いても大丈夫?」

「あ、はい。いや別に、大したことないんですけど、今実家暮らしで、親に家追い出されることになったので、その影響で難しいなって」

「うん…相談、じゃなくて、もう報告なんだね」

「こればっかりはどうにも出来ないので…」

「そっか。」

先生は少し俯きながら、でもはっきりと、「一度自分の生活を手に入れて、仕事して、自分と向き合って、それでもまだやりたかったら、戻ってくるなり、別の方法を探すなり、なんでもありますよ。」と言った。

「"心理学"が自分にとってなんなのか、ゆっくり見つめ直しが出来ると思うし、仕事の経験は無駄じゃないと思う。だから、悲観的にならないでね。」

「あ、でもカウンセリングと病院は続けた方がいいと思う。」

「とにかく、そばに居られなくても、私はあなたを全力で応援していることを忘れないで。」

時間にして15分程度だったけど、先生が、とにかく急いで全てを伝えようとしてくれているのが伝わってきて、少しだけ泣きそうだった。

でも先生はこの後すぐ授業があるので、あんまり気を遣わせるのも悪いなと思って、笑って予備校を後にした。

 

その後うとうとしながら電車にゆられて、日比谷公園に向かった。大学時代の友達と花を見に行く約束をしていた。お昼ごはんを食べ損ねていたので、公園内のコーヒーチェーンに入ってホットドッグをかじった。

「今日も授業終わりに来たの?」

「あー、予備校やめた。受験もおわり」

「は?」

「いや、じつはこうこうこういう理由で」

「なにそれ、カス子ちゃん、あれだけ頑張ってたのに、そんな」

「いやまぁ仕方ないよ、幸い仕事には困らなそうだし、ラッキーだわ」

友達は納得いかなそうな顔で手元のコーヒーを睨んでいた。

花壇に向かったけれど、時期が遅くて、チューリップは全て散っていた。それを見て笑いながら、ベンチでメロンソーダを啜った。

「引越しだけじゃなくてさ、困ったこととかあったら、相談してね、とりあえず引越しは手伝うからさ、その後も」

「うん、ありがとう」

優しいなと思った。優しい。みんな。

3月の間に、私が受験ぜんぶ失敗した後に会ってくれた人たちを思い出した。

出会って2日なのに、帰り際に私を抱きしめて心配してくれて飲み屋のご夫婦とか。とりあえず肉食いに行こ〜と声かけてくれた大学の同期達とか。ネットで知り合ったみんなとか。私がヤケクソで「BARイベントやります!」とか言ったら集まってくれたみんな、行けなくてごめん!と連絡をくれたみんな、後日「行きたかった!またやって!」と言ってくれたみんな。私の様子がおかしくて、あわてて電話かけてきた元恋人とか。まだ人生長いからどうにでもなる!って笑ってくれた職場の人とか。

あったけぇなぁと思った。

 

友達と別れて、でも家に帰りたくなくて、クソみたいなアプリで知り合った男と連絡をとりあって、待ち合わせて、カラオケボックスに入った。男の人は至って普通の、なんなら誠実そうな人だった。なんとなく上辺だけの話をニコニコして、そのままホテルに行った。

服を脱いだら、下着に血がついていた。生理だった。5日も遅れていたので、その存在を考慮していなかった。

しまった、セックスが出来ない、怒られる、と思い咄嗟に謝った。

「ごめんなさい…これ…その…」

男の顔を見ると、なんで謝ってるんだろう、という顔でこっちを見て、手を引いて私を風呂場に連れて行った。風呂場は背後が全面鏡張りで、そこで自分の顔をよく見たら左目の下に一筋、涙が流れてファンデーションが落ちているのが見えた。いつ泣いたんだっけ、私。

セックスらしいセックスをせずに、結局布団でくだらない話をした。お互いろくに名前も名乗っていないのに、私はやれ人生ままならねぇみたいな話をしたり、相手は相手で、会社に好きな人がいるのにその人は既婚者で〜みたいなしょうもない悩みをつらつらと呟いて、お互いしょうもね〜!とばかみたいに笑って叫んだ。その間、男はずっと私のお腹をさすってくれていた。

 

3時間経って、服を着て、駅に向かう。流石に帰らないとまずい。

改札の前で男は私の手を握って、「楽しかったよ、またね」と笑った。

良い人だった、その罪悪感で胸がいっぱいになって、電車に揺られながら、またやってしまった…と自分を少し嫌いになった。

人を使って自傷行為に耽ろうとして、結局その人に優しくされて反省する。毎度のパターンだった。もうやめよう、もうやめよう、毎回思うのに上手くいかない。

人を大切にするのって難しい。

どうしたらいいんだろう。

家に帰って、メイクをおとして、シャワーを浴びて、夜ご飯を食べ損ねていたことを思い出してうどんを茹でた。

人を大切にしたいなぁ。

みんなが私を大切にしてくれたように。

そのために何ができるかなぁ。

 

うどんは茹ですぎて、歯応えなんてまるでなかった。

とりあえずゆっくり眠ることにする。

難しいことは、朝起きてからまた考えよう。

 

電気を消して、今、この記事を書いていて、終わったら目を瞑る、きっと。

その時に瞼の裏に映る人達は、きっとみんな大切で、大好きで、それでいて優しい。

私もいつかそっち側にいけたらいいのにな。

おやすみなさい。

ありがとう。