君の好きだったところはね

幼馴染と親友と甘いものを食べる約束をしていた。

昨日の夜はチャットアプリで架空の女を演じて馬鹿な男を釣り上げて、はは、ばかだなぁなどと笑いながら泣いて寝ていたのに、げんきんなやつだ、と我ながら思うし、こんな女は罰当たりだから早く死んだ方がいい、とも思う。

元々は私に恋人が出来たことを祝ってくれる筈だった。それが、直前になって「お別れおめでとうパーティになった」と連絡を入れることの、なんと惨めなことか。まぁ2人はそんなこと気にせず私が元気に待ち合わせ場所に来てくれたことを喜んでくれていたが。

渋谷の高いビルに登って、そこでパフェと美味しいお茶をいただきながら、彼との話をした。

随分と陳腐な話だな〜と思いながらも、こんなことがあったとか、やれあんなことされたとか、面白おかしく語った。2人は笑ったり心配したりしてくれて、あぁこうやって話せる人がいて本当によかったな、と思った。

お茶を啜りながら、2人は顔を見合わせてこう笑った。

「いやでも、元気そうでよかった。てか、1か月でよかったよ」

「うんうん、君の時間、もったいないし」

「それにさ、まだそんな好きじゃなかったでしょ?」

うん?

「いやいやいや、好きだった、多分」

「え?そうなの?」

……多分」

多分。

私、彼のこと好きだったけど、でもそういえば、どこが好きだったんだっけ。

「前から思ってたけどさ、君は、自分のことを特別に扱ってくれる人にしか興味湧かないでしょ」

「そだね、だから、特別扱いしてくれるかもって人がいなくなったことがショックなんじゃない?別にそいつでなくてもよかったよ」

そうかな」

そうなのかな。彼じゃなくてもよかったのかな。

でもそう言われると、自信がない。

私、あの人のどこが好きで、あぁ大切だなって思ったんだっけ。

そんなことを考えながらパフェをつつく。美味しかった。


なんとなくそのまま帰るのは名残惜しくて、みんなでバルに入って肉とハイボールを頼んだ。

薬みたいな味がするハイボールをちびちび飲みながら、やれ政治がどうとか、やれ友達の結婚式がどうだったとか言いながら。

でもそんなことより私は、彼のどんなところが好きだったのか思い出せなくて、それが悲しくて、でもおつまみのコンビーフが美味しくて少し悔しくなった。




あの後、一回だけ連絡をした。私から。




薬を多めに、しかもお酒で飲んで、それで手当たり次第家にある食べ物を胃に押し込んでた夜だった。

もう死んでしまいたい、と思いながら、君から連絡がこないかな、でもきっと君は私のこと思い出しもしないんだろうなって泣いていた。

そこに愛がなかったこと、信頼されていなかったこと、それを思い知らされたことがつらくて、情けなくて、でもどうしていいかわからなくて。


先生の言葉が頭から離れなかった。



愛とは特別であること。


人間関係の基本は信頼であること。



私達ってなんだったのかな。

そう思って、私、頭がうまく働かないまま、君に連絡してた。正直に言うと、記憶はなかった。酒と薬と食べ物でおかしくなってた。

自分が惨めかどうかなんてどうでもよくなってた。


「ごめん、最後に2つだけ質問させて

もう二度と私から連絡しないから


あの1か月で一瞬だけでも私が特別だったことってあったのか、君って誰とでもうまく眠れない人だったのかだけ教えて

本当のこと言わなくていい嘘でも冗談でもてきとうでもいいから答えて」


朝、こんな文面送ってたのに気がついて、流石に笑っちゃった。バカだなぁ、本当は嘘なんかついて欲しくないくせに。

それで、君からの返事見て泣いた。


「もうやめてくれない?返事神経使うわ」

「特別だったことはあったよ」

「上手く寝れない人?意味わかんない、説明もいらない」


あれだけ嘘が上手だった君がこんなに下手な嘘吐く程度には、もう私ってどうでもいいどころか、鬱陶しい存在なんだな。笑っちゃうね。

私、言葉を尽くすよって言ったじゃん、だから、それを先読みして「説明もいらない」って言ったんでしょう。

ごめんね、こんな鬱陶しい女、誰でも嫌だよね。

こんなの、夢見る女の子じゃいられない、ただの精神異常者だよ。

最後までごめんね。


「ごめんなさい」


「うんうん、いいよ。じゃ、元気で」


「お元気で」


少しだけ君のこと嫌いになれた。

だからもう大丈夫。



なのに、幼馴染と親友に「好きじゃなかったでしょ?」って言われた時、なんで「好きだった」って答えられたんだろう、必死に弁解しようとしたんだろう。

君の顔がもうあんまり思い出せなくなってきた。

思い出すたびに死にたくなって、薬飲んでたからかも。わかんないけど。


明日もあるから、と駅まで向かって、幼馴染に手を振った。彼女は最近結婚して少し遠くに引っ越したから。それなのに来てくれてありがとうね。親友は地元に残った子だったので、同じ電車に乗って、夜の街を揺られる。

少しうとうとしてたら、親友が私のパスケースに入れたチェキを見て笑ってた。君と一緒に絵を見に行った画家さんのチェキ。


「あ、」


思い出した。


あわてて目を覚まして、親友に向き直る。

「私、なんで2人に「まだそこまで好きじゃなかったでしょ」って言われて「そんなことない」ってムキになってたのか、わかった」

うん。」

親友は一瞬怪訝そうな顔をして、それで笑った。

私の話を聞く時いつも笑って聞いてくれる彼女が好きだなと思った。


2人で絵を見に行った帰り道、君が言いにくそうに、でも勇気を振り絞って誘ったラブホテル。

付き合う前にセックスなんてしてるのに、なにを今更って思ったけど言わなかった。

その照れた顔が面白くて。

2人でふざけながら転がり込んだベッドの中で、「今日は本当に休憩でもいいですなぁ」「君がそれでいいならいいけど」「いやー」なんて馬鹿なことを言って手を繋いだ。3時間なんてあっという間だから、全部終わって、慌てて2人で一緒にシャワー浴びてる時に、君が、真っ暗闇の中で私に問いかけた。


「今、幸せ?」


壺でも売りつけるつもりかよ、と笑った。笑いながら、「幸せだよ、好きなこと勉強できて、夢だった受験生やれてて、君みたいな恋人もいて」私がそう言うと、暗闇の中で顔なんか見えないはずなのに、なんとなく君が笑ったのが見えた気がした。

「いやさ、この前、俺が告白した日にね、俺が乗るはずだった電車で人身事故があったの」

「うん」

「それでさ、……前に自殺しようとしたことあるって、俺に話してくれたことあったじゃん」

「うん」


私は、過去に電車に飛び込んで死のうとしたことがある。

親が離婚して、目指してた進学が全部おじゃんになって、中学生の時から、ずっと目指してた夢を諦めるしかないってなった時。

側から見たらくだらないってわかってる。

でも、ずっと死にたい気持ちを抱えながら生きてきた私の、唯一の光だった。

その光が突然消えて、もう、本当に死んじゃおうかなって思った。


まぁ結局死に損なって今ここにいるわけだけど。


「人身事故のニュース聞いた時に、君じゃないかって俺、パニックになっちゃってさ、なんでこのタイミング!?って、……馬鹿だよねぇ」

……

「でも、そのあとすぐに君から『今日ありがと〜』って連絡きてさ、あれめっちゃ心臓に悪かったわ〜!めっちゃ安心したよあの時」

「うん」

「だから今、幸せ感じてて、生きててよかったなって、思っててくれたらいいな〜って思ってさ」


ベッド横の携帯、アラームが鳴る。

少し泣きそうだった。でもシャワーで誤魔化して、「死なないよ、ほら、はやく行かないと」って君の手を引いた。




「私、彼が、そうやって私の幸せを祈ってくれた時に、彼のことすごく好きになれたし、彼のこと、もっともっと知りたいって思った。

私、私に興味持ってくれる人にしか興味持てないけど、そういう細かいの飛び越えて、色々知りたいなって思った。

初恋は実ったのかなとか、私になんて呼ばれたいかなとか、これからしたいこととか、人生で1番好きな本とか、もっと知りたいなってその時思った」


「お前はさぁ、正直、言ってほしいことが側から見て丸わかりなんだよね」

話を聞いていた彼女が前に向き直る。瞳に窓の外の景色が映っていた。彼女は目が大きくて、すごく可愛い顔をしている。そんな彼女がいつも羨ましかった。それで、なんでもはっきり言ってくれる彼女が、私は大好きだ。

「え、私そんなわかりやすい?」

「めっちゃわかりやすい、あーいまこんなこと言ってほしくてそう言ってんだなって、すぐわかる」

「まじか」

「だからさ、その男が、どんな思いで、どんな考えでそう言ったかはわからないけどさ」

「うん」

「楽しかったんでしょ、1か月。それで全部だよ」

……うん。」


楽しかった。


それは本当だった。


そこに愛がとか信頼がとか。

そういうことも大切かもしれないけど、

たしかにそうだなって思った。


"私が"楽しかった。


それが全部だ。




帰り道、彼の連絡先をブロックした。

削除はまだ出来なかったけど。




まだやりたいことたくさんあったな。

まだしりたいことたくさんあったな。


君に届かない言葉をああでもないこうでもないこねくり回して、考えて、でもやめた。


私、短い間だったけど、

君を好きでいられて楽しかった。


それで全部だし、充分すぎる。

楽しかったよ。


でも、最後の言葉はちょっとだけ許してない。

許さなくてもいいかな。

どっちでもいいや。


君は楽しかったのかな。


楽しかったから、友達になりたいなんて言ってくれたのかな。


その可能性を壊しちゃってごめんね。


でも、これで全部。

おしまい。

ありがとうね。



親友と別れる。

「全然関係ないけどさ、お前、初恋の人との思い出とか、恩師の言葉とかさ、本当大切にするよな、距離とか時間とか関係なくさ。本当いつまでも」

彼女は、別にそれがいいとも悪いとも言わなかった。


「うん」

帰り道に寄った本屋で買った本を、リュックに仕舞う。


「私にとってはさ、この世界はちょっと苦しいから、そういうこと思い出してる時が、すごい幸せなんだ」


牛みたいだね、いつまでも消化しないで反芻してんの、そう笑って、またねって手を振った。



多分、彼との思い出も、こうやって私の中の、

苦しい時の星空みたいになってくれる。

そんな気がする。



今幸せ?って聞いてくれた、あの時の君が、

ずっとずっと幸せでありますように。

君のそんなところが好きだったよ。



ありがとう。



1つのベッドで笑う君と呑気に眠る私

昨日投稿した記事(https://gomikasu0202.hatenablog.com/entry/2022/07/06/171800?_ga=2.33262076.350181499.1657198606-359941485.1657198573)を結構読んでもらって、いろんな人から大丈夫か〜って声かけてもらえて、私は周りの人に恵まれてるなと思いました。



今朝、本当は9時前には家を出なくちゃいけなかったけど、たまにはいいかと自分を甘やかして、二度寝してから、トーストを焼いてゆっくり食べて、まだ少しうとうとしながら豆乳を飲んで、大分遅くなってから家を出た。

予備校に行く途中、Apple Musicで適当に選んだプレイリストから音楽を流して、電車の中でまたうとうとした。このところ薬を多めに飲むことが多くて、眠い時間が増えた。音楽を聴いていたら、ふと頭の中に歌詞が流れ込んできた。


『欲しかったのは「ゴメンね」じゃなくて「愛してる」のひとことでいいのよ』


あ〜そうだな、そういえば、「愛してる」って一度も言われないまま、それなのに「ごめんね」だけは沢山言われて終わったなぁ、と思ったらそんな自分が情けなくて情けなくて、また性懲りも無く泣いた。


ディスコードのサーバーで愚痴を喚き散らして、慰めてもらって、そんなことしながら課題やって少し自習して、授業の時間になった。


私は心理系大学院を目指すために心理系大学院向けの予備校に通っているんだけど、そうなると授業の内容は勿論心理学。

今日は発達心理学の授業だった。


テーマは「愛着」。


心理学を齧ったことがない人向けになんとなく説明するとすると、「養育者に対する特別な情緒的反応」、つまり、子供が親に対して持つ特別な気持ちであってるのかな。私も発達は専門ではないのでなんとも言えないんだけど。

それが今日のテーマ。

私はいわゆるアダルトチルドレンと言われる、まぁ簡単に言うと「子供らしい子供時代を送れなかった人間」なんだけど、だからこそこの発達心理学は苦手でずっと避けてたテーマだった。勿論学部生時代には一通り勉強はしたんだけど。


先生が教壇に立って、『愛着』の文字を黒板に書く。


「みなさん、愛ってなんでしょう?」


いきなりの言葉だった。

先生は続ける。


「心理学は、行動の科学です。ですので、愛を定義づけることは非常に困難です。」


先生は前を見据えたまま、愛着、の 愛 に丸をする。


「しかし、あえて言うとすれば、『特別』であることです。」


「私は妻と結婚してもう10年以上が経ちます。彼女を愛しているかと言われると、愛ってなんだ?と思います。けれど、他の人には感じないなにかを特別彼女から感じることはあります。」


「そして、信頼しています」


まっすぐな言葉に思わず絶句したし、確信した。


私は元恋人、彼に愛されていなかった。




彼はずっといい人だったし優しかったよと言った時に、友達に言われた言葉。


「それってさ、手癖の優しさじゃなくて、君だから特別に出した優しさだった?」


答えはNoだ。

予備校帰り、大きな荷物を持っていた私に笑いながら「荷物持とうか?」と言った。

駅の改札まで私を見送ってくれた。

友達に予定ドタキャンされた〜と愚痴った時、じゃあ俺行くよって言ってくれた。

優しいなと思ってた。事実優しかった。でもどれも、「私だから」じゃない。こんなの友達でも良い。友達に戻りたいと笑った彼の顔を思い出した。私なら、友達でよかった。


先生が続ける。


「人間関係の基本は信頼です。」


「私はこの歳にもなって、妻と並んで寝るんです。それは彼女を信頼出来ているから。もし寝首をかかれたら?もし財布からお金を取られたら?そんなのこと考えていたら、おちおち眠っていられません。」


「けれど私は妻を信頼しています、だから眠ります」


最後の夜、彼の身体に合わせた小さな小さなシングルベッドに2人でただ横になって朝を待ってた時。

彼は毛布の隙間から目を覗かせて言っていた。

「俺、人がいると上手く眠れないんだよなぁ」

私は笑いながら、じゃあベッド出るよ私、とか言って、いやいやいや、それは流石に、とか言われて、結局彼は「背中向けても気にしない?」と私に聞いてきて、私は気にしないから早く寝な、と天井を仰ぎ見て目を閉じた。

1時間くらいだけ寝た。目が覚めたら彼はもうベッドの上にいなくて、パソコンのモニターを見ながら早めの朝ごはんを食べていた。私が起きたことに気がついて、「ベッド広く使って良いのに」と私を押し戻した。


愛されていないどころか、

信頼もされていなかった。


そのことに急に直面させられて、授業中だというのに、声を殺して泣いた。

それはもう、先生がこちらに気がついて、驚いた顔をするくらい思いっきり泣いた。

でも授業は録画されているので、先生は私に気がつかないかのような顔をして授業を続けた。

2時間の授業が永遠に感じられるくらいにつらかった。


別の文脈で、先生はこんなことも話していた。


「愛着形成のタイプは大きく分けて3つあります。おそらく1番苦労するのは、3つ目の『アンビバレント型』です。」


チョークを置く。


「みなさんはこれから心理の専門家になるわけです、そんな人たちに、非専門的な言葉を使って説明するのは不適切です。しかし、みなさんの感性に訴えかけるために、あえてこう表現します。」




「『愛したいし愛されたい、しかし愛されている実感がない』」




心臓が飛び跳ねた。


「ここから先は、それぞれが大人になってから人間関係の認知的枠組みにどのような影響を及ぼすと考えられるかです。


1つ目の回避型は、相手に最初から期待をしていませんし、メリットを見いだせれば近づき、無くなれば離れればいいわけです。お金やセックスがわかりやすいですね。


2つ目の安定型は、文字通り安定しています。相手に裏切られると思って行動しませんし、傷ついても自分にはきちんと帰る場所があると認識出来ています。」


「問題は、アンビバレント型です。愛したいし愛されたいのに、実感出来ない。相手を信頼出来ないから、逃がさないように縛る。そうしないと安心出来ない」


彼と使っていたカレンダー共有アプリ。私が一方的に自分の予定を記入して、これ見て都合の良い時に呼び出してよ、なんて笑っていた。



あれは、私が縛られたくてやっていたことじゃない。

縛られることで、縛るために、行っていた。



私だって、彼を信頼していなかったじゃないか。



そこにはなにもなかったんだ、と気がついて、足元から全部崩れ落ちて、解けるかと思った。


私も彼もお互いをきちんと見ていなかったのかもしれない。

いやでも、それでも。


授業中、前の席だってのに、先生のことなんか無視して泣き続けた。

でもきちんとノートはとっていたのに自分でも笑ってしまった。



それでも私。


私、君を信頼するまではいかなくても、

十分"特別"だったと思うんだ。


連絡がきたら嬉しくて大はしゃぎした、

待ち合わせ前には何回も鏡みて、

何十分も前に着いちゃうことだってあって、

君だけに好かれたくてメイク習いに行ったりとかしたし、

君が生活力ない人だってわかってたから、私がせめて最低限身につけようって思って、掃除とか洗い物とか洗濯とか色々、

君が、本当は会社の先輩じゃなくて、接待で行ったガールズバーの女の子にアドバイスされてイメチェンしたって聞いた時は嫉妬したし、


こういうの、君だけだったんだけど、

"特別"じゃなかったのかな。


もう全部わかんないや。




でも多分、あの最後の夜のベッドでの出来事が全部なんだろうな。


私だけ一緒にいられることに浮かれて、安心して、眠って。

君が背中向けてることに、違和感覚えながらも見ないふりして。

朝になれば大丈夫って思ってた。意味もなく。

それで、薬飲んで寝た。


なにも根拠なんかなかったけど、大丈夫だって思ってたよ。

だって君だったから。


でも全然、そう思ってなかったんでしょ。


虚しいね。虚しいな。


君にとってはきっと長い1か月だったんだろうな。

私にとっては短くて、でも永遠だったけど。


少しでもいいから信頼して欲しかった。

せめて隣で眠ってくれるくらいには。


寂しい。今更寂しい。

前の彼女とはどうだったのとか、聞けばよかったな。

前の彼女の前では眠ったの?

これから出来る彼女達の前では眠るの?


私だけが出来損ないだった?

お願いだから、それだけ教えてほしい。


じゃないと私は、私を愛せない。


私の携帯勝手に覗き見して、待ち受けにしてた画像に書いてあったハンドルネーム、読み上げて、なにこれって言ってたじゃん。


私がここにいるの、本当はわかってるでしょ。


ねぇ、私ここにいるからさ、お願いだから、それだけ教えにきてくれないかな。

私最後まで良い子でいたんだから、そのくらいのわがまま、ダメかな。

泣きもせず、喚きもせず、ただ笑って「別れるの、いいよ」って言って帰った私に、そのくらいのわがまま許されないかな。

私から連絡して、そんなこと聞くの、あんまりにも惨めだから、君から連絡してくれないかな。



ねぇ、届いてるでしょ。


お願い。




随分と手の込んだ

失恋した。27歳。女。ぶっちゃけモテない。

いや、なんというか、「都合の良い女」にはちょうどいい女である。自分の意思が弱くて、なんというか、なめくさってもそのことに気がつかず、ぼんやりとしている女。それでニコニコと一方的に俺を好いてくれる女。それが私。

だから大学4年生の時に変な男に引っかかって、約7年無駄にした。都合の良い女やってるのに気が付かなくて、相手の男に「結婚したい」と言ったら「結婚したい子とは遊べないなぁ」と捨てられて、元々通ってた精神科での薬が増えて入院もした。まぁ、その話は今回関係ないから割愛するけど。

それでもそんな大失恋から立ち直って、今は大学院目指して社会人やりながら勉強してる。

ADHDだし、依存性パーソナリティ障害だし、自律神経失調症だし、気分変調障害だけど、それらと闘いながら、唯一残された私の意志と夢である「大学院にいく」を頼りに、毎日生きていた。


そんな私に彼氏が出来た。彼氏という言い方は好かないから、私は頑なに「恋人」と呼んでいた。

恋人が出来た。人生で初めての恋人だった。

27歳の6月だった。もうあと何ヶ月かすれば28歳。立派なアラサーで初めてだなんて言うのは少し恥ずかしかった。

出会いはマッチングアプリ。今時だなぁと思う。

初めてのメッセージは今でも覚えている。


夢に向かって進む姿がいいなと思いました!

よければ、メッセージのやりとり苦手なので電話しませんか?


正直な話、27歳で大学院目指す女を「いいな」と思ってくれること自体が普通じゃなかった。

だって、1番大切な時期にデートや、もっと言えば結婚出産が、出来ない。

でもそれでも、それをいいと言ってくれるなら、と電話をした。


「俺の何が良くてイイネ返してくれたんですか?正直、すげー嬉しかったんですけど

「えー、プロフィールに「体育会系が苦手です」って書いてあったところかなぁ」

「え、そこ!?」


初めての会話は30分で終わった。アプリの通話機能は時間制限があったからだ。


よければ今度会いませんか?なんて言われて舞い上がって、LINEを交換した。

実際に会った彼は私とそんなに身長が変わらない小さな小さな身体をしていて、私はそのままの感想だけど、小さいな〜と思った。アプリで身長は知っていたけど。別にそれがプラスとかマイナスとかの感想は全くなかった。


私は予備校の帰りなのでめちゃくちゃ大荷物で、どこに移動するにもまごついてしまって、アーッ迷惑かけてるな、こんなんじゃ2回め会ってもらえないな〜と漠然と思った。でも帰り際に、「また会いましょうね」と言われて、別れてから数日後、2回めの約束もした。


いつも行くところを事前に2箇所くらい考えておいてくれて、どっちがいい?と聞いてくれた。スマートだなぁ、と思った。というか、いい人だなぁと思った。飲み屋に行って、私の好きなラジオの話をした。1回めでぽろっと言ったのを覚えていてくれて、聴いてみたらしかった。その話ですごく盛り上がって、3回めの約束をした。


でも、酔いが覚めてから、3回めが相手の家の最寄りの飲み屋だったことに、少しだけ違和感を覚えた。

私は都合の良い女歴が長いから、なんとなく、「それ」目的なのか?と彼を疑った。でも彼を信じていたい気持ちもあって、いろんな人に相談したあと、やっぱり彼を信じるか、これから仲良くなる人に後ろめたい気持ちを持ちたくないな、と飲み屋に向かった。


2時間飲んで、「うち来ませんか?」と言われた時、あーそっちかぁ、と思った。少しだけがっかりした。でも、まだわからないじゃん、と自分に言い聞かせて、2人でまいばすけっとでジュースを買って家に向かった。

家に向かった理由としては、まだ彼の話を聞きたい、と思ったのが大きい。

私はいわゆる毒親家庭に育ったアダルトチルドレンである。

しかしよくよく話を聞けば彼もそうらしく、そこから抜け出すために一人暮らしを始めたらしかった。その話をもっと聞きたくて。


家は小さなワンルームで、冷蔵庫すらなかった。男の人の一人暮らし部屋ってこんなもんなのかな?それにしてもものがないな〜と思った。


その辺を少し散歩したり、なんやかんやお話したり、彼の好きな音楽をきいたりしているうちに、終電の時間がきた。

流石に帰らないとまずいな、と思った。


「帰るの?」

「うん」

「泊まっていきなよ」

「泊まっていくって、それもうセックスするじゃん」

「いやそれは、その、ムードとか流れとかで、わかんないじゃん」

明らかに狼狽えていた。流石に下手すぎて爆笑した。そんなことある?

「しないかもしれないじゃん!」

「じゃあしないの?」

「それは、その」

「したいの?」

「うわーーー俺さぁ、セックス自信ねぇのよ!」

そう言って頭を抱えて逃げる彼。

自信はない、でもあわよくば。

そういうことね、と少し笑った。

「セックスしたいってことは、付き合うってことでいいの?」

「待って、そこまで考えてなかった、友達としてはすごく楽しかったし

「お前最低だな」

結局そんな押し問答してるうちに終電は間に合わなくなって、近くのコンビニにメイク落としを買いに行くことにした。

その道すがら、彼が「順番とかはさぁ」となにかもごもご言っていた。

家に戻って、「何が心配?」と聞かれた。

それは勿論、また都合良い女になること。もっといえば、やり捨てされること。素直に言うと彼は正座して、「そういうのは、モテる人がする事で、俺はモテないし、そもそもその程度の信頼しか築けなかった俺が悪い」と、なんかもごもご言っていた。

「とりあえずシャワー浴びてきなよ、貸すから」

「セックスする流れじゃん」

「違うよ!」

「違うんだ

シャワー浴びて、彼のTシャツ借りて、部屋で彼を待った。さっきまでゲーム実況見てたくせに、何故か画面は『君の名は。オルゴールメドレー』になってた。

ムード作ろうとしてんじゃん。

セックスしたいんじゃん。


彼が部屋に戻ってきて、「ボドゲとかする?」とか言いながら部屋をウロウロしていた。

明らかに狼狽えていた。

お前がこうしたんだぞ。

私が黙っていると、

「セックス自信ないんだよ、本当

と言ってベッドに座った。

私がその隣に座ると「近いです」と逃げた。

何がしたいんだこいつは。

「じゃあ、しないってことね」

私がそう言って離れると、しばらく沈黙して、

します」

と意を決して電気を消した。

暗転。

自信ないと言うだけあってめちゃくちゃ下手だった。

こりゃ、セフレになったら私メリットねぇな〜って思うくらい下手だった。


朝、酒とセックスのせいか「頭痛い」と言い出した彼に「薬飲めよ」と言って、帰ることにした。1人で帰れると言ったけど「流石に」とついてきた。

「今日休み?」

「友達の出産祝いしにいく」

「そっか」

「友達はさ、きちんと恋愛して、結婚して、妊娠してるのに、私ってばまた恋人になってくれない男とセックスしてるわけよ、嫌になるね」

そういって彼の肩を叩くと、彼は苦笑いして、

「まだわかんないじゃん、付き合うかも知れないけど、俺たちまだお互いのことよく知らないわけだし」

そんな相手とセックスすなよ、はブーメランになるから言わないでおいた。


次のデートで、付き合うことになった。やり捨てじゃなかった。そのことに驚いた。


「俺と付き合ってよ」

そう言って顔赤くして、手を握ってくれた。

でも私はまだ自分の言いにくい病気のこととかを全部打ち明けていなくて、それを言っても大丈夫だったら付き合ってもらおうと思ってた。

だから、言いたくなかったけど全部打ち明けた。


「でも、今は病気落ち着いてるんでしょ」


それが全ての答えだった。


恋人になった。


私は浮かれていた。

LINEは苦手だと言っていた彼だけど、だからといって私が言葉を尽くさないのは不誠実だと思い、いつでも感情がしっかり伝わるように文面を考えた。

彼が会社の先輩のアドバイスでいきなり垢抜けて待ち合わせに来た時、焦った。

帰り道でメイク教室とパーソナル診断、骨格診断の予約を入れた。

2人で私の好きな画家の個展を見に行った。

彼はその画家を全然知らなかったのに、記念に、ってランダムステッカーを買っていた。

パソコンの横に飾るねと笑っていた。


1か月がすぎる直前だった。予定外に彼の家に泊まった日だった。ポーカーを教わっていたら終電逃してしまって、仕方なく泊まった日。

1秒でも長く一緒にいれることが私にとってはうれしかったけど、彼は「人がいるとうまく寝れないんだよね」とそっぽ向いて、寝れない寝れないと笑っていた。笑っていたけど、嫌な予感がした。


朝が来て、私がリュックを背負って「もう行くね」と声をかけた時、布団の中で「ちょっと待って」と声がした。

いつまでも布団から出てこないから、「なに、早くしてよ」と笑って誤魔化した。でももうなんとなく分かってた。


布団から出た彼が正座して、私に「俺と付き合ってよ」といった時と同じ顔をして

「別れてくれませんか」

と言った。

わかってた。なんとなくだけど。

彼は「今何言っても言い訳になるけど、友達として居心地良すぎて、友達に戻りたいんだ」と言った。俯いていた。


「わかった、OK。別れよ。こればっかりは2人の問題で、私ひとりでどうにか出来ることじゃないもんね」

私がそう言うと、さも安心したという顔で彼は

「強いね」と言った。


強くない、強がったんだよ。

本当は泣いて暴れて縋って君を困らせたいけど、私、この後学校いって授業受けなきゃだし。

全部飲み込んで、玄関で別れた。


「ありがとう、楽しかった」


それだけ言って、駅まで歩いて、地下鉄に乗り込んだ。

授業受けて、その日は後輩と肉を食いに行く約束だったので、肉を食べて、家に帰った。


友達に「別れた」とLINEをしたら電話がかかってきて、「いきなりなんで!?」と言われたのでことの顛末を話した。

話しながら部屋をぼんやり眺めていたら、2人で行った個展で買った絵が目に入った。

彼が記念にと買ったステッカー、捨てられちゃうのかな。

そう思ったら、それまで出てこなかった涙が溢れてきて、止まらなくなった。

その日は薬をビールで押し流して寝た。


朝起きたらLINEがきていた。


「俺はこれからも変わらないから、また遊ぼう」


1か月記念日だった。


ふざけやがって。涙が込み上げてきて、「無理だよ」と返事をした。

強いねなんていって私に笑いかけた君に、どんな顔して会ったらいいのかわからなかったから、断った。

友達になんてなれないよ。


「どうしてほしかった?」

ってメッセージが来た時、呼吸が止まった。

そんなの、強いねなんて笑ってほしくなかった、もっといえば別れたくなくて、もっと君とやりたいこと、君について知りたいこと、たくさんあったのにと言いたかった。

メッセージを送って、やっぱり消した。

なんでもないよと送った。

そしたら、分かった。とだけメッセージがきて、私本当は離れたくなくて、「それ聞いてどうするつもりだったの?」と聞いた。

「どうするつもりだったの」

「何が言いたいかわからなかったから、明確にしたかった」

私が、付き合う時に約束したことだ。

君に対して、言葉は尽くすからねって。

「じゃあ言葉を尽くすよ、強いねなんて嘘でも冗談でも行ってほしくなかった」

「それはごめん、言う通り、想像できてなかった」

「他人同士、そこまで想像しろっていうのが酷なんだよ。ごめんねこんな人間で。」

もう限界だ、と頓服を飲んだ。

「楽しかったのは本当に本当だったよ」

おしまいにした。

その日の夜は頓服の副作用で呼吸も心臓もうまく動かなくて、新宿の汚い道路にしゃがみ込んで救急搬送先を必死に探して、でもどこも手一杯ですと断られて、3時間くらい道路で休んでから自力で帰った。

泣きながら眠って、朝、LINEの通知で目が覚めた。


「じゃあまたどこかで」


最後のメッセージだった。



冷静に考えればわかる。二、三回やって捨てる予定だったんだろうなって。所詮マッチングアプリだし。


でも、ヤリモクにしては、やり捨てにしては、あまりに手が込んでいて、あまりに丁寧で、私が勘違いしてしまう程に、私を大切にしてくれていた。

具体的にどこがって言われると困るけど、例えば、私に対して「今幸せ?」って聞いてくれるところとか。私の病気や障害を「大丈夫だよ」って言ってくれたこととか。人身事故のニュースを見ると私じゃないかって心配して私からのLINEを待ってたこととか。


だから悔しかった。

もっともっと君がクズで、もっともっと悪者になってくれないと、悪口言えないじゃないか。

君を嫌いになりきれないじゃないか。


なんで、「俺と付き合ってよ」っていった時と同じ顔で「別れてくれませんか」って言ったんだ。

その顔が脳裏に焼き付いて離れないんだ。


友達になれればよかったな。

そしたら君を失わずに済んだのに。


27歳の夏、また失恋だ。

恋はつらいことばっかり。もうしたくない。


君は恋なんかじゃなかったのに、私は随分と手の込んだ"それ"にすっかり騙されてしまった。


私だって子供じゃないのに、なに騙されてるんだか。嘘が上手だったね。


ありがとう。またいつか。

嘘つきやろうめ。

でも好きだったよ。