随分と手の込んだ

失恋した。27歳。女。ぶっちゃけモテない。

いや、なんというか、「都合の良い女」にはちょうどいい女である。自分の意思が弱くて、なんというか、なめくさってもそのことに気がつかず、ぼんやりとしている女。それでニコニコと一方的に俺を好いてくれる女。それが私。

だから大学4年生の時に変な男に引っかかって、約7年無駄にした。都合の良い女やってるのに気が付かなくて、相手の男に「結婚したい」と言ったら「結婚したい子とは遊べないなぁ」と捨てられて、元々通ってた精神科での薬が増えて入院もした。まぁ、その話は今回関係ないから割愛するけど。

それでもそんな大失恋から立ち直って、今は大学院目指して社会人やりながら勉強してる。

ADHDだし、依存性パーソナリティ障害だし、自律神経失調症だし、気分変調障害だけど、それらと闘いながら、唯一残された私の意志と夢である「大学院にいく」を頼りに、毎日生きていた。


そんな私に彼氏が出来た。彼氏という言い方は好かないから、私は頑なに「恋人」と呼んでいた。

恋人が出来た。人生で初めての恋人だった。

27歳の6月だった。もうあと何ヶ月かすれば28歳。立派なアラサーで初めてだなんて言うのは少し恥ずかしかった。

出会いはマッチングアプリ。今時だなぁと思う。

初めてのメッセージは今でも覚えている。


夢に向かって進む姿がいいなと思いました!

よければ、メッセージのやりとり苦手なので電話しませんか?


正直な話、27歳で大学院目指す女を「いいな」と思ってくれること自体が普通じゃなかった。

だって、1番大切な時期にデートや、もっと言えば結婚出産が、出来ない。

でもそれでも、それをいいと言ってくれるなら、と電話をした。


「俺の何が良くてイイネ返してくれたんですか?正直、すげー嬉しかったんですけど

「えー、プロフィールに「体育会系が苦手です」って書いてあったところかなぁ」

「え、そこ!?」


初めての会話は30分で終わった。アプリの通話機能は時間制限があったからだ。


よければ今度会いませんか?なんて言われて舞い上がって、LINEを交換した。

実際に会った彼は私とそんなに身長が変わらない小さな小さな身体をしていて、私はそのままの感想だけど、小さいな〜と思った。アプリで身長は知っていたけど。別にそれがプラスとかマイナスとかの感想は全くなかった。


私は予備校の帰りなのでめちゃくちゃ大荷物で、どこに移動するにもまごついてしまって、アーッ迷惑かけてるな、こんなんじゃ2回め会ってもらえないな〜と漠然と思った。でも帰り際に、「また会いましょうね」と言われて、別れてから数日後、2回めの約束もした。


いつも行くところを事前に2箇所くらい考えておいてくれて、どっちがいい?と聞いてくれた。スマートだなぁ、と思った。というか、いい人だなぁと思った。飲み屋に行って、私の好きなラジオの話をした。1回めでぽろっと言ったのを覚えていてくれて、聴いてみたらしかった。その話ですごく盛り上がって、3回めの約束をした。


でも、酔いが覚めてから、3回めが相手の家の最寄りの飲み屋だったことに、少しだけ違和感を覚えた。

私は都合の良い女歴が長いから、なんとなく、「それ」目的なのか?と彼を疑った。でも彼を信じていたい気持ちもあって、いろんな人に相談したあと、やっぱり彼を信じるか、これから仲良くなる人に後ろめたい気持ちを持ちたくないな、と飲み屋に向かった。


2時間飲んで、「うち来ませんか?」と言われた時、あーそっちかぁ、と思った。少しだけがっかりした。でも、まだわからないじゃん、と自分に言い聞かせて、2人でまいばすけっとでジュースを買って家に向かった。

家に向かった理由としては、まだ彼の話を聞きたい、と思ったのが大きい。

私はいわゆる毒親家庭に育ったアダルトチルドレンである。

しかしよくよく話を聞けば彼もそうらしく、そこから抜け出すために一人暮らしを始めたらしかった。その話をもっと聞きたくて。


家は小さなワンルームで、冷蔵庫すらなかった。男の人の一人暮らし部屋ってこんなもんなのかな?それにしてもものがないな〜と思った。


その辺を少し散歩したり、なんやかんやお話したり、彼の好きな音楽をきいたりしているうちに、終電の時間がきた。

流石に帰らないとまずいな、と思った。


「帰るの?」

「うん」

「泊まっていきなよ」

「泊まっていくって、それもうセックスするじゃん」

「いやそれは、その、ムードとか流れとかで、わかんないじゃん」

明らかに狼狽えていた。流石に下手すぎて爆笑した。そんなことある?

「しないかもしれないじゃん!」

「じゃあしないの?」

「それは、その」

「したいの?」

「うわーーー俺さぁ、セックス自信ねぇのよ!」

そう言って頭を抱えて逃げる彼。

自信はない、でもあわよくば。

そういうことね、と少し笑った。

「セックスしたいってことは、付き合うってことでいいの?」

「待って、そこまで考えてなかった、友達としてはすごく楽しかったし

「お前最低だな」

結局そんな押し問答してるうちに終電は間に合わなくなって、近くのコンビニにメイク落としを買いに行くことにした。

その道すがら、彼が「順番とかはさぁ」となにかもごもご言っていた。

家に戻って、「何が心配?」と聞かれた。

それは勿論、また都合良い女になること。もっといえば、やり捨てされること。素直に言うと彼は正座して、「そういうのは、モテる人がする事で、俺はモテないし、そもそもその程度の信頼しか築けなかった俺が悪い」と、なんかもごもご言っていた。

「とりあえずシャワー浴びてきなよ、貸すから」

「セックスする流れじゃん」

「違うよ!」

「違うんだ

シャワー浴びて、彼のTシャツ借りて、部屋で彼を待った。さっきまでゲーム実況見てたくせに、何故か画面は『君の名は。オルゴールメドレー』になってた。

ムード作ろうとしてんじゃん。

セックスしたいんじゃん。


彼が部屋に戻ってきて、「ボドゲとかする?」とか言いながら部屋をウロウロしていた。

明らかに狼狽えていた。

お前がこうしたんだぞ。

私が黙っていると、

「セックス自信ないんだよ、本当

と言ってベッドに座った。

私がその隣に座ると「近いです」と逃げた。

何がしたいんだこいつは。

「じゃあ、しないってことね」

私がそう言って離れると、しばらく沈黙して、

します」

と意を決して電気を消した。

暗転。

自信ないと言うだけあってめちゃくちゃ下手だった。

こりゃ、セフレになったら私メリットねぇな〜って思うくらい下手だった。


朝、酒とセックスのせいか「頭痛い」と言い出した彼に「薬飲めよ」と言って、帰ることにした。1人で帰れると言ったけど「流石に」とついてきた。

「今日休み?」

「友達の出産祝いしにいく」

「そっか」

「友達はさ、きちんと恋愛して、結婚して、妊娠してるのに、私ってばまた恋人になってくれない男とセックスしてるわけよ、嫌になるね」

そういって彼の肩を叩くと、彼は苦笑いして、

「まだわかんないじゃん、付き合うかも知れないけど、俺たちまだお互いのことよく知らないわけだし」

そんな相手とセックスすなよ、はブーメランになるから言わないでおいた。


次のデートで、付き合うことになった。やり捨てじゃなかった。そのことに驚いた。


「俺と付き合ってよ」

そう言って顔赤くして、手を握ってくれた。

でも私はまだ自分の言いにくい病気のこととかを全部打ち明けていなくて、それを言っても大丈夫だったら付き合ってもらおうと思ってた。

だから、言いたくなかったけど全部打ち明けた。


「でも、今は病気落ち着いてるんでしょ」


それが全ての答えだった。


恋人になった。


私は浮かれていた。

LINEは苦手だと言っていた彼だけど、だからといって私が言葉を尽くさないのは不誠実だと思い、いつでも感情がしっかり伝わるように文面を考えた。

彼が会社の先輩のアドバイスでいきなり垢抜けて待ち合わせに来た時、焦った。

帰り道でメイク教室とパーソナル診断、骨格診断の予約を入れた。

2人で私の好きな画家の個展を見に行った。

彼はその画家を全然知らなかったのに、記念に、ってランダムステッカーを買っていた。

パソコンの横に飾るねと笑っていた。


1か月がすぎる直前だった。予定外に彼の家に泊まった日だった。ポーカーを教わっていたら終電逃してしまって、仕方なく泊まった日。

1秒でも長く一緒にいれることが私にとってはうれしかったけど、彼は「人がいるとうまく寝れないんだよね」とそっぽ向いて、寝れない寝れないと笑っていた。笑っていたけど、嫌な予感がした。


朝が来て、私がリュックを背負って「もう行くね」と声をかけた時、布団の中で「ちょっと待って」と声がした。

いつまでも布団から出てこないから、「なに、早くしてよ」と笑って誤魔化した。でももうなんとなく分かってた。


布団から出た彼が正座して、私に「俺と付き合ってよ」といった時と同じ顔をして

「別れてくれませんか」

と言った。

わかってた。なんとなくだけど。

彼は「今何言っても言い訳になるけど、友達として居心地良すぎて、友達に戻りたいんだ」と言った。俯いていた。


「わかった、OK。別れよ。こればっかりは2人の問題で、私ひとりでどうにか出来ることじゃないもんね」

私がそう言うと、さも安心したという顔で彼は

「強いね」と言った。


強くない、強がったんだよ。

本当は泣いて暴れて縋って君を困らせたいけど、私、この後学校いって授業受けなきゃだし。

全部飲み込んで、玄関で別れた。


「ありがとう、楽しかった」


それだけ言って、駅まで歩いて、地下鉄に乗り込んだ。

授業受けて、その日は後輩と肉を食いに行く約束だったので、肉を食べて、家に帰った。


友達に「別れた」とLINEをしたら電話がかかってきて、「いきなりなんで!?」と言われたのでことの顛末を話した。

話しながら部屋をぼんやり眺めていたら、2人で行った個展で買った絵が目に入った。

彼が記念にと買ったステッカー、捨てられちゃうのかな。

そう思ったら、それまで出てこなかった涙が溢れてきて、止まらなくなった。

その日は薬をビールで押し流して寝た。


朝起きたらLINEがきていた。


「俺はこれからも変わらないから、また遊ぼう」


1か月記念日だった。


ふざけやがって。涙が込み上げてきて、「無理だよ」と返事をした。

強いねなんていって私に笑いかけた君に、どんな顔して会ったらいいのかわからなかったから、断った。

友達になんてなれないよ。


「どうしてほしかった?」

ってメッセージが来た時、呼吸が止まった。

そんなの、強いねなんて笑ってほしくなかった、もっといえば別れたくなくて、もっと君とやりたいこと、君について知りたいこと、たくさんあったのにと言いたかった。

メッセージを送って、やっぱり消した。

なんでもないよと送った。

そしたら、分かった。とだけメッセージがきて、私本当は離れたくなくて、「それ聞いてどうするつもりだったの?」と聞いた。

「どうするつもりだったの」

「何が言いたいかわからなかったから、明確にしたかった」

私が、付き合う時に約束したことだ。

君に対して、言葉は尽くすからねって。

「じゃあ言葉を尽くすよ、強いねなんて嘘でも冗談でも行ってほしくなかった」

「それはごめん、言う通り、想像できてなかった」

「他人同士、そこまで想像しろっていうのが酷なんだよ。ごめんねこんな人間で。」

もう限界だ、と頓服を飲んだ。

「楽しかったのは本当に本当だったよ」

おしまいにした。

その日の夜は頓服の副作用で呼吸も心臓もうまく動かなくて、新宿の汚い道路にしゃがみ込んで救急搬送先を必死に探して、でもどこも手一杯ですと断られて、3時間くらい道路で休んでから自力で帰った。

泣きながら眠って、朝、LINEの通知で目が覚めた。


「じゃあまたどこかで」


最後のメッセージだった。



冷静に考えればわかる。二、三回やって捨てる予定だったんだろうなって。所詮マッチングアプリだし。


でも、ヤリモクにしては、やり捨てにしては、あまりに手が込んでいて、あまりに丁寧で、私が勘違いしてしまう程に、私を大切にしてくれていた。

具体的にどこがって言われると困るけど、例えば、私に対して「今幸せ?」って聞いてくれるところとか。私の病気や障害を「大丈夫だよ」って言ってくれたこととか。人身事故のニュースを見ると私じゃないかって心配して私からのLINEを待ってたこととか。


だから悔しかった。

もっともっと君がクズで、もっともっと悪者になってくれないと、悪口言えないじゃないか。

君を嫌いになりきれないじゃないか。


なんで、「俺と付き合ってよ」っていった時と同じ顔で「別れてくれませんか」って言ったんだ。

その顔が脳裏に焼き付いて離れないんだ。


友達になれればよかったな。

そしたら君を失わずに済んだのに。


27歳の夏、また失恋だ。

恋はつらいことばっかり。もうしたくない。


君は恋なんかじゃなかったのに、私は随分と手の込んだ"それ"にすっかり騙されてしまった。


私だって子供じゃないのに、なに騙されてるんだか。嘘が上手だったね。


ありがとう。またいつか。

嘘つきやろうめ。

でも好きだったよ。