君の好きだったところはね

幼馴染と親友と甘いものを食べる約束をしていた。

昨日の夜はチャットアプリで架空の女を演じて馬鹿な男を釣り上げて、はは、ばかだなぁなどと笑いながら泣いて寝ていたのに、げんきんなやつだ、と我ながら思うし、こんな女は罰当たりだから早く死んだ方がいい、とも思う。

元々は私に恋人が出来たことを祝ってくれる筈だった。それが、直前になって「お別れおめでとうパーティになった」と連絡を入れることの、なんと惨めなことか。まぁ2人はそんなこと気にせず私が元気に待ち合わせ場所に来てくれたことを喜んでくれていたが。

渋谷の高いビルに登って、そこでパフェと美味しいお茶をいただきながら、彼との話をした。

随分と陳腐な話だな〜と思いながらも、こんなことがあったとか、やれあんなことされたとか、面白おかしく語った。2人は笑ったり心配したりしてくれて、あぁこうやって話せる人がいて本当によかったな、と思った。

お茶を啜りながら、2人は顔を見合わせてこう笑った。

「いやでも、元気そうでよかった。てか、1か月でよかったよ」

「うんうん、君の時間、もったいないし」

「それにさ、まだそんな好きじゃなかったでしょ?」

うん?

「いやいやいや、好きだった、多分」

「え?そうなの?」

……多分」

多分。

私、彼のこと好きだったけど、でもそういえば、どこが好きだったんだっけ。

「前から思ってたけどさ、君は、自分のことを特別に扱ってくれる人にしか興味湧かないでしょ」

「そだね、だから、特別扱いしてくれるかもって人がいなくなったことがショックなんじゃない?別にそいつでなくてもよかったよ」

そうかな」

そうなのかな。彼じゃなくてもよかったのかな。

でもそう言われると、自信がない。

私、あの人のどこが好きで、あぁ大切だなって思ったんだっけ。

そんなことを考えながらパフェをつつく。美味しかった。


なんとなくそのまま帰るのは名残惜しくて、みんなでバルに入って肉とハイボールを頼んだ。

薬みたいな味がするハイボールをちびちび飲みながら、やれ政治がどうとか、やれ友達の結婚式がどうだったとか言いながら。

でもそんなことより私は、彼のどんなところが好きだったのか思い出せなくて、それが悲しくて、でもおつまみのコンビーフが美味しくて少し悔しくなった。




あの後、一回だけ連絡をした。私から。




薬を多めに、しかもお酒で飲んで、それで手当たり次第家にある食べ物を胃に押し込んでた夜だった。

もう死んでしまいたい、と思いながら、君から連絡がこないかな、でもきっと君は私のこと思い出しもしないんだろうなって泣いていた。

そこに愛がなかったこと、信頼されていなかったこと、それを思い知らされたことがつらくて、情けなくて、でもどうしていいかわからなくて。


先生の言葉が頭から離れなかった。



愛とは特別であること。


人間関係の基本は信頼であること。



私達ってなんだったのかな。

そう思って、私、頭がうまく働かないまま、君に連絡してた。正直に言うと、記憶はなかった。酒と薬と食べ物でおかしくなってた。

自分が惨めかどうかなんてどうでもよくなってた。


「ごめん、最後に2つだけ質問させて

もう二度と私から連絡しないから


あの1か月で一瞬だけでも私が特別だったことってあったのか、君って誰とでもうまく眠れない人だったのかだけ教えて

本当のこと言わなくていい嘘でも冗談でもてきとうでもいいから答えて」


朝、こんな文面送ってたのに気がついて、流石に笑っちゃった。バカだなぁ、本当は嘘なんかついて欲しくないくせに。

それで、君からの返事見て泣いた。


「もうやめてくれない?返事神経使うわ」

「特別だったことはあったよ」

「上手く寝れない人?意味わかんない、説明もいらない」


あれだけ嘘が上手だった君がこんなに下手な嘘吐く程度には、もう私ってどうでもいいどころか、鬱陶しい存在なんだな。笑っちゃうね。

私、言葉を尽くすよって言ったじゃん、だから、それを先読みして「説明もいらない」って言ったんでしょう。

ごめんね、こんな鬱陶しい女、誰でも嫌だよね。

こんなの、夢見る女の子じゃいられない、ただの精神異常者だよ。

最後までごめんね。


「ごめんなさい」


「うんうん、いいよ。じゃ、元気で」


「お元気で」


少しだけ君のこと嫌いになれた。

だからもう大丈夫。



なのに、幼馴染と親友に「好きじゃなかったでしょ?」って言われた時、なんで「好きだった」って答えられたんだろう、必死に弁解しようとしたんだろう。

君の顔がもうあんまり思い出せなくなってきた。

思い出すたびに死にたくなって、薬飲んでたからかも。わかんないけど。


明日もあるから、と駅まで向かって、幼馴染に手を振った。彼女は最近結婚して少し遠くに引っ越したから。それなのに来てくれてありがとうね。親友は地元に残った子だったので、同じ電車に乗って、夜の街を揺られる。

少しうとうとしてたら、親友が私のパスケースに入れたチェキを見て笑ってた。君と一緒に絵を見に行った画家さんのチェキ。


「あ、」


思い出した。


あわてて目を覚まして、親友に向き直る。

「私、なんで2人に「まだそこまで好きじゃなかったでしょ」って言われて「そんなことない」ってムキになってたのか、わかった」

うん。」

親友は一瞬怪訝そうな顔をして、それで笑った。

私の話を聞く時いつも笑って聞いてくれる彼女が好きだなと思った。


2人で絵を見に行った帰り道、君が言いにくそうに、でも勇気を振り絞って誘ったラブホテル。

付き合う前にセックスなんてしてるのに、なにを今更って思ったけど言わなかった。

その照れた顔が面白くて。

2人でふざけながら転がり込んだベッドの中で、「今日は本当に休憩でもいいですなぁ」「君がそれでいいならいいけど」「いやー」なんて馬鹿なことを言って手を繋いだ。3時間なんてあっという間だから、全部終わって、慌てて2人で一緒にシャワー浴びてる時に、君が、真っ暗闇の中で私に問いかけた。


「今、幸せ?」


壺でも売りつけるつもりかよ、と笑った。笑いながら、「幸せだよ、好きなこと勉強できて、夢だった受験生やれてて、君みたいな恋人もいて」私がそう言うと、暗闇の中で顔なんか見えないはずなのに、なんとなく君が笑ったのが見えた気がした。

「いやさ、この前、俺が告白した日にね、俺が乗るはずだった電車で人身事故があったの」

「うん」

「それでさ、……前に自殺しようとしたことあるって、俺に話してくれたことあったじゃん」

「うん」


私は、過去に電車に飛び込んで死のうとしたことがある。

親が離婚して、目指してた進学が全部おじゃんになって、中学生の時から、ずっと目指してた夢を諦めるしかないってなった時。

側から見たらくだらないってわかってる。

でも、ずっと死にたい気持ちを抱えながら生きてきた私の、唯一の光だった。

その光が突然消えて、もう、本当に死んじゃおうかなって思った。


まぁ結局死に損なって今ここにいるわけだけど。


「人身事故のニュース聞いた時に、君じゃないかって俺、パニックになっちゃってさ、なんでこのタイミング!?って、……馬鹿だよねぇ」

……

「でも、そのあとすぐに君から『今日ありがと〜』って連絡きてさ、あれめっちゃ心臓に悪かったわ〜!めっちゃ安心したよあの時」

「うん」

「だから今、幸せ感じてて、生きててよかったなって、思っててくれたらいいな〜って思ってさ」


ベッド横の携帯、アラームが鳴る。

少し泣きそうだった。でもシャワーで誤魔化して、「死なないよ、ほら、はやく行かないと」って君の手を引いた。




「私、彼が、そうやって私の幸せを祈ってくれた時に、彼のことすごく好きになれたし、彼のこと、もっともっと知りたいって思った。

私、私に興味持ってくれる人にしか興味持てないけど、そういう細かいの飛び越えて、色々知りたいなって思った。

初恋は実ったのかなとか、私になんて呼ばれたいかなとか、これからしたいこととか、人生で1番好きな本とか、もっと知りたいなってその時思った」


「お前はさぁ、正直、言ってほしいことが側から見て丸わかりなんだよね」

話を聞いていた彼女が前に向き直る。瞳に窓の外の景色が映っていた。彼女は目が大きくて、すごく可愛い顔をしている。そんな彼女がいつも羨ましかった。それで、なんでもはっきり言ってくれる彼女が、私は大好きだ。

「え、私そんなわかりやすい?」

「めっちゃわかりやすい、あーいまこんなこと言ってほしくてそう言ってんだなって、すぐわかる」

「まじか」

「だからさ、その男が、どんな思いで、どんな考えでそう言ったかはわからないけどさ」

「うん」

「楽しかったんでしょ、1か月。それで全部だよ」

……うん。」


楽しかった。


それは本当だった。


そこに愛がとか信頼がとか。

そういうことも大切かもしれないけど、

たしかにそうだなって思った。


"私が"楽しかった。


それが全部だ。




帰り道、彼の連絡先をブロックした。

削除はまだ出来なかったけど。




まだやりたいことたくさんあったな。

まだしりたいことたくさんあったな。


君に届かない言葉をああでもないこうでもないこねくり回して、考えて、でもやめた。


私、短い間だったけど、

君を好きでいられて楽しかった。


それで全部だし、充分すぎる。

楽しかったよ。


でも、最後の言葉はちょっとだけ許してない。

許さなくてもいいかな。

どっちでもいいや。


君は楽しかったのかな。


楽しかったから、友達になりたいなんて言ってくれたのかな。


その可能性を壊しちゃってごめんね。


でも、これで全部。

おしまい。

ありがとうね。



親友と別れる。

「全然関係ないけどさ、お前、初恋の人との思い出とか、恩師の言葉とかさ、本当大切にするよな、距離とか時間とか関係なくさ。本当いつまでも」

彼女は、別にそれがいいとも悪いとも言わなかった。


「うん」

帰り道に寄った本屋で買った本を、リュックに仕舞う。


「私にとってはさ、この世界はちょっと苦しいから、そういうこと思い出してる時が、すごい幸せなんだ」


牛みたいだね、いつまでも消化しないで反芻してんの、そう笑って、またねって手を振った。



多分、彼との思い出も、こうやって私の中の、

苦しい時の星空みたいになってくれる。

そんな気がする。



今幸せ?って聞いてくれた、あの時の君が、

ずっとずっと幸せでありますように。

君のそんなところが好きだったよ。



ありがとう。