君のその道の先に。

AV監督の二村ヒトシさんと、お話をさせてもらった。

二村さんとは高橋がなりさんの「まえむき人生相談」という企画で知り合い(というか、私が二村さんの本のファンで、ぜひ話を聞いて欲しいと相談をお願いしたのがきっかけだが)前の男にめちゃくちゃにされた時に人生相談をお願いしてから、なんやかんや年に一回くらいのペースで、人生相談の企画でお話させてもらっている。(詳しくは「まえむき人生相談」で調べよう!)

毎年毎年「今年こそいい報告するぞ!」と思っているのだが、前の相談の時は「色々あって好きだった男とヨリを戻しちゃった(なお付き合ってない完全に都合いい関係)んですけどどうしよう〜!」とかほざいていたし、今回は「恋人出来た!と言おうと思って申し込んだのに捨てられちゃいました!」というザマなので、なんというか。

報告内容が変わった時点でブログのURLを送りつけて「こうこうこういうことがあったので」と言い訳していたのだが、二村さんは忙しい身なのにブログを読んで、「いい文章」とまで言ってくれていて、この時点でかなり舞い上がっていたというのが本音である。


部屋のドアを、事務局の人が開いてくれた。

部屋の中心に座る二村さんに挨拶をして、対面で座る。


「いや〜彼は惜しいことしたね!?」

もう、その一言で全部が報われる思いだった。


色々な話をしたけど、これはもったいないから内緒。

でも、その中で、彼の"弱さ"についての話があったのでそれだけは記したい。

私なりの復讐みたいなものだ。


彼は、側から見て、所謂「男らしさ」からはかけ離れた人間だった。背が小さくて、痩せていて、バリバリ働くタイプでもないし、学歴もいい方じゃない。言い方は悪いかもだけど。

でも私は、彼が所謂男らしさに縛られず「俺らは対等だよ」と私に言っていてくれたところを居心地良く感じていたのは事実だ。

でもその一方で、意志が弱いというか、依存癖のある私に気を遣って、それでいて「あきらかに男らしさに支配されている『会社の先輩』という存在」に気を遣って、「男らしさを身につけなきゃ」と思っていたのも事実だと思う。

彼は接待で先輩によくガールズバーなんかに連れて行かれていた。そこで、やれ垢抜けろと言われ、実際にそれに応えたいとイメチェンをしたり、やれ女の子の扱いはどうこうだみたいな話をして、実際私との最初のデートなんかはそういうノウハウを教えこまれて実践していたみたい。

社会が求める男性像。

社会に求められる男性像と本来の彼は乖離していたと思うし、彼の中に両立させるのは大変なことだったと思う。いや、これはもう、私と二村さんが話しながら想像していたことなのでなんとも言えないが。

私は前の記事に記した通り、依存性パーソナリティ障害である。細かなことを決めるにも、人の意見を貰わないと不安で不安で仕方ない気持ちになる。

彼はそんな私を前にして、いつも「リードしなきゃ」と思っていたと、今振り返れば思う。

でも、それ自体が問題だったというよりも、問題は、この先。

これも前の記事で書いたが、彼はセックスが下手というか、多分苦手だった。性欲がないわけではない。ただ、セックスを通して男らしさを求められるのが大変だったんだと思う。だからとは言わないが、私がほんの少しリードしている場面が時々あった。

私はそれを「楽しい」と感じていたし、彼が男らしさから離れて可愛らしい顔を見せてくれることを嬉しく思っていた。

ここで問題となるのは、前で述べた通り。彼の中の「男らしくありたい」と「対等でありたい」がアンビバレントな形で存在していた、ということだ。

私は、「デートは彼がリードして、セックスは私がリードすれば、バランスがとれてるじゃないか」と呑気に考えていたが、多分彼は「デートもセックスも俺がきちんとしないと」と感じていたんだと思う。


苦しかったろうな。


彼は所謂アダルトチルドレンだった。家の中はぼろぼろに崩壊していて、過保護な母親から「物理的に距離を置く」という形で自分を守った。


彼の自分を守る謀略は、距離を置くこと。


私と一緒にいて、アンビバレントな思いに苛まれた時に、真っ先に選んだのも、距離を置くことだったんだろう。

でも私を完全に失うのも怖くて、友達になりたいなんて言ったのかもしれない。わからないけど、そうであって欲しいかな、なんて。


自分を守るための方法が「物理的に距離を置く」、それをとっ捕まえて「そんなのは逃げだよ」と言うのは、あんまりにも残酷だ。


それに、今の彼が幸せだったなら、逃げることだって全部正解なんだから。


距離を置いて、逃げて、走っていった先になにがあったのか、いつか私に教えてほしいな、と思った。


少し遠くを見つめながら、ここにいない彼のことを、ああでもないこうでもないと、二村さんと話した。




「彼のことを愛する努力は出来た?」

二村さんが私に問いかける。

少し悩んで、「はい」と答えた。

今までの私なら「わからない」と答えていたと思う。

「私、これ、ブログにも書いたんですけど、彼が私の幸せを願ってくれてるんだって知った時に、彼のこともっと知りたいと思ったんです。今まで、「私のことを知って」「私を愛して」って形でしか寄りかかれない人間だった私だけど、でも、彼がどんな人なのか、もっと知りたいと思えたし、これから知っていけるだろうと、まぁ胡座をかいていたわけなんですけど、そう思ったんです。」

本当はこんなスムーズに話せていない。吃りながら、詰まりながら、でも、彼が"特別"だった事実を伝えたかった。


「それってさ、すごい出来事だよ」


二村さんが答える。

「誰もが経験できることじゃない、むしろ経験出来る人は少ないと思う」


私は、私と彼の間には何もなかったんじゃないかと不安に思っていた。

けど、そんな不安も全部まとめて誇らしいと、この時すごく感じられた。


そこに"特別"はあった。絶対に。お互いに。


彼は私といることで、心の中の不協和が刺激されてしまったんだろうなと思った。それは幸せなことではなかったかもしれないけど、向き合うには苦しいかもしれないけど、でも、それも特別だったと思う。


私は彼と出会って、自分以外の人間に目線を向け、感じることを知ったのだと思う。

すごく楽しくて、嬉しくて、幸せな経験だ。もちろんそれだけではなかったけど、誰かと生きたいと思うことの難しさを感じることもすごくあったけど、でもそれ以上に、幸せだった。


彼にその経験をしてもらえなかったのは悲しいことだけれど、これは彼と彼の心の穴の問題だ。

私がどうこう言える立場にはもうない。

いや、そもそもこんなブログを立ち上げて、どうこうこねくり回すのがナンセンスなのだけれど。


本来なら1時間で終わるはずの相談時間を大幅に過ぎながら、二村さんは根気強く私と彼の話を聞いてくれた。それだけでなくて、「楽しいよ」と、二村さんは毎回私と話す時に言ってくれる。救われた気持ちになる。私のこのくだらないあれこれを、そう言ってくれる人がいて。まっすぐこっちを見つめて、「僕も君の幸せを願ってるよ」と言ってくれて。嬉しいことだし、少しもったいないくらいだとも思う。


「変わったね」と二村さんに何度か言われた。

二村さんと最初に出会った頃を思い出す。

クソみたいな男にいいように扱われて、でも自分が被害者であることに依存して、自我なんてどこにもなくて、でも一丁前に「愛されたい」だけは主張して。ドロドロにとけていた。意識が。意志が。意思が。それでいいと思ってた。


彼と出会ったばかりの時も、そうだったと思う。

意志がない、弱々しい、そんな人間ですみたいな顔して君に近づいた。

でもそんな私に対して君は、対等だよって言って笑ってくれていた。

多分、それで目が覚めたんだと思う。

この人は、私を人間としてみてくれているんだって。

だったら、それに応えなきゃって。


変わったんじゃなくて、変われたんだと思う。


私の担当カウンセラーの言葉を思い出した。

「今までのドロドロした人間関係じゃないから、きっと、きちんと立ち直れるよ。でも傷は傷だからね。」


終わりの時間になって、二村さんと別れた。

毎回窓口になってくれている事務局の人が「これで解決して、会えなくなってしまうのは少し寂しい気もします」と笑ってくれた。

私は事前にこの人に「恋人ができたのでいい報告しに行きます!」と言ってしまっていて、それでそのあと別れたことは連絡していなかったので、これで終わりだと思ったんだろう。まさかまた懲りずに悩んでたんですと言うのはかっこ悪くて、「また来ます、絶対」と笑って誤魔化した。


帰り道、降っていた雨はやんでいて、音楽をてきとうに流しながら歩いた。


『あなたが 嘘をつかなくても 生きていけますようにと 何回も何千回も 願っている』


そんな歌詞を口ずさみながら、今日は夕飯何食べようかな、とか、そんなことを他愛もなく考えた。


帰りの地下鉄、沢山話したからか疲れて眠ってしまった。眠りながら、君の家に向かって電車に揺られる時間を思い出した。すごく短い距離なのに、まだかなっていつも心踊ってた。幸せだったな。駅で待っててくれる君の姿を見つけた時のあの気持ちとか、多分ずっと忘れない。



私のこと、見つけてくれてありがとう。

心の穴を刺激しちゃってごめんね。

でも私は楽しかったし、嬉しかったし、幸せだった。

君はそうじゃないかもしれないけどさ。

いつか、君が走っていった先になにがあったのか教えてほしいな。

他の誰かと幸せになったとかでもいいし。

まぁ、ちょっとだけ悔しいけどさ。

君が幸せならそれでいいや。教えてよ。

だめかな。





これで君の話は全部おしまい。


ありがとう。




君が幸せを感じて生きていけますように。